スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【別れの値段】39

第39話【友人の恋を応援する“幸せ”】



私が、拓也と出会ったのはそんな経緯(いきさつ)からだった。
もしも、一つだけ願いが叶うなら、きっと私は、今の私の幸せを形成してくれた人の幸せを願うだろう。
拓也は、その中で一番特別だった。

「あら! 女の子? お名前は?」
「加賀谷いずみです」
「いずみちゃんていうの? 可愛い子ね~。拓也と仲良くしてくれてありがとうね」

初めて柚木家に遊びに行ったとき、なんて羨ましい家庭なんだろうっておもった。
拓也のママは、すごく暖かくて笑顔で、そして他人の私に優しく、そして時に実の娘のように厳しく叱った。
両親のいない私の事は、少しも気にせずに、いつも家族の笑顔をくれた。

「いずみちゃん、これおばさんが、ちっちゃかった頃の洋服なの。着れるかしら」
「わぁ。ありがとう!」

環境のせいじゃない。私はとても幸福な女だ。
私は結局いつもわがままで、鈍感。その辺がずっとコンプレックスで、でも、どんだけ考えても治せない。
拓也が、お母さんとケンカをして、口を利かなくなったときの事もそうだ。

「ねぇ。拓也、またお母さんとケンカしたの?」
「いずみには関係ないだろ!」
「あるもん……関係」
「……」
「ねぇ、拓也、仲直りして……お願い」
「……。はあ……わかったよ」

どうしてか、拓也は私のお願いをいつでも聞いてくれた。
拓也は、私にとって大事な人だった。でも小学生の私達は何度も何度もケンカをしたりして。
そのたびに、私は泣いて、そのたびに拓也が謝った。

「お前なんか、絶交だ!!」
「……なんでそんなこというの?」
「いっつも俺にいずみが、付きまとってるから、みんなが恋人同士だって誤解するんだよ!」
「……そか。拓也は嫌?」
「ああ! 嫌だね」
「……わかった」

小学4年だっけな。私がずっと拓也の背中を追いかけているせいで、とうとう拓也がそんなことを言ったの。
私は、女の子だからしょうがないんだって思った。拓也は誰にでも優しいし、いつもなんかカッコよくて、なんでも知ってて、誰からも人気があった。私は相変わらず友人が作れるほどには、環境を作れてはいない。
そんな私が、拓也に迷惑をかけてるんだって思ったらすごく嫌になって、納得した。
……でも。

「なんで、お前ついてくるんだよ!!」
「……あたしの家もこっち」
「もっと離れて歩けよ」
「……うん」

あのランドセルを見るたびに、私は拓也の優しい気持ちに癒される。背中を見るたび追いかけたくなる。

「なんでいるんだよ! ここ、もう俺の家だぞ!」
「……だって……」
「俺んちに、くんなよな!」
「……」
「くんなよ!!」
「……ぅん」
「絶対だぞ」
「……うう……えーん」

私は、拓也が、そういったときに、ボロボロと泣いた。
通学路の途中。見っとも無く寂しくて泣いた。
それを見て、拓也は子供ながらにため息をついて言う。

「また、泣く。すぐ泣くんだ! 弱虫!」

それをたまたま聞いたのか、拓也の母が玄関から出てきて、拓也に大きな拳骨をくらわした。

「あんた! 何てこと言うの!」
「いってぇ……俺悪くねぇもん」

泣いてうつむく私を拓也のママが優しくおいで。と迎え入れてくれた。
子供っぽいなぁ。……今ふとそんなこと思い出すと、すごく懐かしい。
拓也は、頬を膨らませるように怒り顔で2階の部屋へ駆け上がる。
私は、拓也のシューズと、わたしの靴を隣に綺麗に並べて拓也のママとその日その事を話した。

「ぅぇーん。拓也、私と一緒に居たくないんだってー」
「ほらほら、泣かないの」
「だってー。わたし拓也と一緒にいたいんだもんー」
「だいじょうぶだから、ね」

本当のママみたいに、この人の前だと大きな声で泣けて、言葉で嫌な気持ちがすんなりと言えた。
それを拓也のお母さんは、拓也を責めるでもなく、私をかばうでもなく、ただ聞いてくれた。
こんなに、私は感情豊かだっただろうか。

仲直りなんて些細なことで、私が、拓也の部屋の前で、何度も何度もトントンってドアを叩くだけ。

「拓也~(トントン)ごめんね(トントン)」
「なんで…お前が謝るんだよ」
「泣いてごめんね」

悪くないけど、理由を見つけて謝ったほうが勝ちだった。拓也はそのたびに、ドアを開けて……。

「わかったから、もう叩くなよ」

と、いつもの二人にもどった。
実際に距離ができることって子供にとっては、限りなくゼロに近い。
小学校4年まで一緒にお風呂に入るほどに、仲がよかった私と拓也は、小学校上級生にもなるとやっぱりどこか思春期で、近寄りすぎると拓也はそのたびに、その分の距離を広げた。

そして、小学校を卒業して、中学へと私たちは進学する。
中学に入ると、一気に大人になったような気持ちになる。きっとあのランドセルが無いからだ。
別れを告げたランドセルを、二つ並べて、残った傷が生み出した幸せがフィルムに残された。
私は、もう大人になったような気持ちでセーラー服に袖を通した。

「ねぇ。拓也」
「ん?」
「大人になったねぇ、拓也」
「なんだよ、かわんねぇよ」
「似合ってるよ、学ラン」
「……首元が痛いだけだよ、こんなの」

一緒に中学校に通うのは相変わらず。付き合ってるの?って聞かれると、付き合ってないと答える。
好きなの? って聞かれると拓也はそんなわけあるかと言うけれど、私は隠れて好きだと答えた。
なんていうか、恋愛感情ってよりは、純粋に拓也がそばにいて当たり前で、そういった意味での『好き』だったの。
ちょっとづつ。いや、実際にはものすごいスピードで拓也との距離は遠くなって、登校するのはいつも一緒だったけれど、だんだんそれ以外で、一緒に遊ぶということが少なくなった。

「拓也、今日拓也のお家いっていい?」
「ああ」
「ほんと?」
「なんだよ、お前、いつも勝手に飯食いに、くるだろうが」
「そ、そだよねっ」

もじもじと、拓也の後ろを歩く。
この遠慮は、拓也に、好きな人ができたって知ったからだとおもう。
拓也本人から聞いたわけじゃない。なんか見ててわかった……。
別のクラスだったから正直詳しくはしらないけれど。
顔を見るにとっても可愛い人だった。名前も“葉桜”ってすごくすごく可愛い名前だった。

――もっと可愛く生まれてきたかったなぁ

そんなことも柄にもなく思ったりして、でも一番大事な友人がうまくいけばいいなって。
応援しようってそう思った。

――がんばれ。拓也……


続く→第40話【私だけの幸せ】

【別れの値段】38

第38話【それは私の傍にある大切な“幸せ”】



これって私、死ぬのかな。
ざわつく人だかり、距離をとって広がる人並み。私のバックが目の前に転がっている。
雪に伝わる赤い水滴がぴしゃぴしゃと生きたいと願う。

――運ないなぁ……ついてないなぁ。わたし

流れ落ちる涙。くだらないと笑う唇。私はやっぱり駄目な女だ……。
死ぬことよりも、何よりも私は伯父さんと拓也の家族、そして拓也本人に迷惑がかかることをその場でひどく怖れていました。
まだ私は、取り巻く大切な幸せに、ちゃんとお礼の言葉すら伝えていないのに……。

私が、両親を無くしたのは、小学校に入学したその次の日。
まだ小さかった私は、上級生の迎えで小学校へ登校する。父はその日はお休みで私が出かける直前まで寝ていた。
母は、心配そうによろしくねと私を見送る。
班長旗をもったお姉さんが私の手を掴み2日目の小学校へ向かった。

登校中に後ろを歩く男の子が私のランドセルを指差して言った。

「なんで、加賀谷さん、ランドセルピンクなん?」

私は、それに嬉しそうに答えたのだ。

「このランドセルね、ママのなの」
「すげぇ。おさがりなのに、綺麗じゃん」
「えへへ」

優しい年長の男の子はそう言ってくれた。皮を張り替えて艶めくランドセルは、みんなとそれは色が違ったけれど、優しいママの香りがして、それが逆に嬉しかった。黄色い蛍光色のカバーをつけて、ある程度の軋みや汚れはあるものの、とてもお下がりとは思えないほどに綺麗だった。

――いずみ、このランドセルはね、ママの宝物なの、大事に使ってね

優しい母。優しい父。兄弟には恵まれず私は一人っ子だった。
このときは、そう。むしろ会話することが好きで、誰とでもしゃべりたくて仲良くなりたくて、無邪気な女の子だった。学校が終わり、家に帰るといつもあいているはずの家が閉まっていて、鍵をもっていない私はずっと玄関の前で座っていた。
日が暮れて、暗くなる夜道がなんかすごく怖くなってきて震えて泣いた。
何かの因果だろうか……父と母は、その日午前中に気まぐれにドライブで出かけた高速道路で大きな事故を起こし即死。
玄関で小さくなっていた私を抱きかかえるように“大丈夫だ”と声をかけたのは、叔父の諸田さんだった。
受け入れられずに泣いた。一生分の涙をそこで流したんじゃないかと思えるほど、一人きりで。

小学校に行くようになったのは、それから半年もしてからのこと。
ずっと塞ぎこんでいた私を担任の先生や叔父が全力で心配してくれた。
半年もたつと、クラスでは正直友達は作りづらい。私も少しずつだけど前向きにそのことを考えられるようになっていた。すごく、きっと叔父さんが優しかったからだ。

親代わりとなり叔父が私を引き取ってから、少しだけ家が遠くなった。でも子供ながらにあの元の家には居れないなっていうのは理解していて、だんだん、叔父さんに悪い気持ちになってきて、心配させないように弱みを見せることをしなくなり、一人でも頑張って生きていこうと心に決めた。

2年にあがると、事情を知らない子達がクラスに交じり、私をいじめの対象にした。
ぜんぜん、気にしてなかった。ランドセルの色が違う? だからなに?
あの子は、両親を亡くして不幸なかわいそうな子なんだ。そう思われるより遥かに良かった。
だれも私のことをわかってくれる人はこの中にはいないって思ったからだ……。

私は、一人で高いところに上るのが好きで、ちょっと風に当たりたいときとかにそこへ行った。
日々めんどくさくなるイジメ。何かと強制される会談。もはや諦めているのでそこまで気にしてもいないが、やっぱりどこか心が窮屈さに悲鳴をあげようとしている。

「……」

目線を感じる。
私をただ見ている目だ。じっと安全なところから見ているだけの瞳。
私の世界に、そういうひとはいらない。優しい両親の思い出と今の大切な幸せの部分があればそれだけで私は良いと思っている。

でも……心は何度も、何度も割られていく。
息を吸うたびに意図も簡単に。

「赤くしてやったぜ! ぎゃはは」

ある日、私の大事なランドセルが、赤いチョークで色を塗られていじめっ子にひどく汚された。
拭けばいい……たいした事じゃない。ランドセルを奪い返してその日はずっと目につく場所に置いていた。
帰り道に、公園の水道でハンカチを濡らして、お気に入りの材木工場の積み重なっている材木の上に座り、なんどもランドセルを拭いた。
もとあるランドセルに戻った。ざまあみろって思った。直るんだって思ったら頑張れた……。
でも……守ってあげれなくて「ごめんね」と。勝手に声が漏れた。

ガササッと突然ブルーシートを踏む音が鳴ってそっちを見ると、クラスの男の子がいた。
あの目だ。あの……私をただ見ている目だ。

「おい! なんで! お前いじめられてんだよ! そうやって、黙ってるから、いじめられるんだぞ!!」
「……」
「ランドセルくらいみんなと同じの買ってもらえよ!」

なんかその子のいってる意味がわからなくて、私はただランドセルを守るように抱きかかえて言った。

「このランドセル……もらったの。とっても大事なの……」
「なんだよ! 大事って……いじめられてもいいのかよ!」
「……うん」
「ずっと言われるぞ?」
「……ぅん」
「……お前、バカ?」
「……そかも……」
「し、しらねぇかんな! 俺」
「いいよ……大丈夫」
「もうしらねぇ!! じゃあな!」
「……ばぃばぃ」

怖かった。あの目で心を見られているような気持ちになった。

――もう、放っておいて……

それから数日がたち、あの子が柚木拓也という名前だということを覚えた。
家がすごく近くて、登校は別の班だったけれど、すぐ歩いていけるような距離に住んでいると知った。
そして、あの日。
お昼休みが終わって次の授業の国語の教科書をロッカーに取りに行くとき、私のランドセルが無くなっていた。
私はすぐに探したけれど、結局授業が始まるまでわからなかった。犯人はわかっている。
あのいじめっ子達だ。授業が終わったら勇気を出して聞こう!そう決めた。

先生が教室へ入ってくる。頭をつかまれ無理やりに教室へ入れられた男の子。
先生が持っていたのは、私のランドセルだった。
ボロボロになったランドセル。歪む眉。ほんとうに心というものが胸にあったなら飛び出てしまいそうなくらいに、えずきそうになった。それをじっと我慢している。
昼休みにグラウンドに転がっていたのだという。きっと地面に引きづったりしたのだろう。
多くの傷と砂が交じり合った色で、子供ながらにその状態は見るほど悲惨だった。
いじめっ子が言うに、そこまで傷だらけになるとは思わなかったと言う。
使えなくは無い状態ではある。ある程度拭かれたそれはある程度は綺麗だ。でもあの鮮やかに目立つピンクでは無くなっていた。
……先生にげんこつをくらい叱られ泣く主犯の男子。
それを見て、やるせないきもちに教室のみんながとうとうなった……それ以降いじめは無くなった。

すぐに呼ばれた叔父が、私に言った。

「新しいの買うからな」

すぐに私は、叔父に言った。

「いらない。これがいいの……大丈夫」

帰り道私は、あの材木の上で一人佇んでいた。もうどうでも良くなったのかもしれない。
一人で居たいのに……なのに……またあの目だ。あの優しすぎる目……。

「ごめん……」
「なんで……柚木君が、あやまるの?」
「いや、なんか……ごめん……」

距離ある位置でたってこちらを見てごめんと言葉をこぼした少年。
近寄って積み重なった材木の上で柚木君が私の事で気にしてくれた。
私は、悔しくて大きく泣て叫んだ。

「えーん。すごくすごく嫌だったよー!」と。

そして、それを聞いて柚木君もとなりでうずくまるように泣いた。
次の日。私は驚いた。
みんながまだピカピカのランドセルを持っている中で気まずく私は傷だらけのランドセルを背負う。
でも、なんでか、もう一人すごく傷だらけのランドセルを背負った男の子がいた。
私は、それを教室で見るや、言葉を無くした。
傷だらけのそのランドセルを背負って私に声をかけたのは拓也だった。
そして得意げに言ったの。

「加賀谷さん。これで、もう、ひとりきりじゃないだろ?」

ぼろぼろと私は泣いた。

――わざと傷だらけにしたの……?

あんなに……昨日まであんなにピカピカだったのに……。

「バカでしょ……お母さんに怒られちゃう……」
「すっげぇ。怒られた。兄貴のお古のほうが綺麗なくらいだぜ。あはは!」
「……」
「でも、かっけぇし。こっちのほうが」

イジメも無くなって、親友と呼べる友達ができた。
伝わらないことなんて何一つもないんだって思って私は少しだけ言葉を頼りに生きるようになった。
傍にあるものを大事にしようって思った。


続く→第39話【友人の恋を応援する“幸せ”】

【別れの値段】37

第37話【それは傍にある大切な“空気”】


独特のあの病院のアルコールの匂いすら感じないほどに吐く息が荒ぶる。
病院の廊下は冷ややかさを伝えるようにねずみ色にくすんでいて、窓から差し込む夕日が逃げるように暗くなって、遠く手術中と赤く光るランプが反射した。

「なんで……どうして……」

事故は、飲酒運転。営業先へ訪問するために歩道を歩いていた彼女を無惨にも撥ねたという。

「ふっざけんなよ……嘘だろ……」

大破した車の中で、その飲酒運転をした男の人も窮地の状態で別の病院に運ばれていた。

「えっと、柚木さんですか?」

一人のナースが僕の母に話しかけた。母はその話を受けながら、いずみの状態を聞いている。
僕と母が来た理由は、いずみが持っていた財布に入れられていたメモにうちの連絡先が書いてあったからだ。
いずみは、妹のようにいつも僕の家に遊びに来ていて、よく夕飯も食べにきたり、母自身、きっと僕といずみは、いつか結婚するのだと誤解しそれをなぜか確信するほどに深い付き合い方をしている。
母は、女の子供が欲しかったこともあり、まるで自分の娘のようにいずみに接していた。
そのせいもあってか、いつしか妹のように我が家に居る事があたりまえにあった。

「電話でもお聞きしましたが、加賀谷さんのご親戚の方とは連絡がつきますでしょうか?」

母は、気が動転しながらも僕を向いて、それをしっているかを聞いた。

「拓也、わかる?」
「……」

長椅子に座って、まだその状態を受け入れられていない僕に、母は、なんども聞く。

「拓也! 聞こえてるの?」
「……あ!……ああ。ごめん、あいつの親戚の連絡先は携帯がないから、わからないけど、いずみの携帯ありますか?」

持っていた所持品のいずみのバックから携帯を取り出す。

「携帯は、私も見たんですが、ご両親などの連絡先は無くて……」
「いないんです……あいつ。両親……」

携帯で名前を探しながら僕はそうつぶやいた。
携帯で探し出したのは、“諸田”というひと。
いずみの育ての親にあたるひとだ。
すぐに受付の事務の人に携帯がわたり、いずみが事故にあったことを伝えた。

――諸田さんはすごくいい人だ。すぐにでも心配して駆けつけてくれることだろう

どういう状態なのか知りたいのに……怖い。
ただ、わかるのは非常に良くない状態で運ばれたって事。
生死が分かれるような大掛かりな手術を行っているという現実。

「助かるんですか?……いずみちゃんは!」

狂ったように母は、通りがかるナースに聞いてまわる。
僕は、震える手をおさえるだけで、響く言葉すら入らない。
ただ、廊下に反射する赤い色が消えるのをじっと待つしかなくて、10分もせずに、すぐに駆けつけた諸田さんが、事情を把握して、僕の横に座った。

「拓也君……君は立ち会ったのか?」
「いいえ……」
「いずみは、どういう状態なんだ?」
「わかりません……でもいま……頑張ってる……きっと……」


それから何時間経っただろう。とても長い……時間だった。
諸田さんに預けられた、いずみのバック。なんどか見た事がある仕事用のバックだ。
薄くなるのがわかる。だんだん“その空気”が薄くなっていく気がする。
傍から見て、僕が母以上にショックをうけているのがわかっている諸田さんは、自分の悲しみを他所に、僕の頭をぽんぽんと撫でた。

「だいじょうぶだ……だいじょうぶ」

何度も何度も……ぽんぽんと。

――いずみ……どうか、命だけは……

面会が終わる21時の院内放送が遠くで鳴り始まる。すでに4時間が過ぎようとしている
出たり入ったりする看護師。輸血や、救急救命にあたる検査師。
もう……なにがなんだか、わからないよ……いずみ。
だれか……神様。助けてあげて欲しい。


----------------------------------------


突然にどごんと大きな音が聞こえて、コンマ2秒無い刹那。
私は、路肩の壁に打ちつけられた。

ああ……なんか私に何かとんでもないことが起こったんだなって……思った。

意識が遠退いていくのがわかる。
まだ、スーツも買ったばかりなのにな……とかなんで、私は地面に伏せているんだろうとか。
普通に疑問に思いながら、どうしてか涙がでた。
集まるひとが声あげて、救急車!!と言ったのが聞こえた。
恥ずかしいな……やだなぁ。救急車乗るの。でもきっとこれは駄目なパターンだ。

意識がどんどんどんどん遠退いていく。
走馬灯ってほんとにあるんだっておもったらさ、なんか懐かしい思い出とか出てきて。
辛かったこととか、楽しかったこととか……全部思い出すんだ。

――拓也……怒るかなぁ……嫌だなぁ……



続く→第38話へ【それは私の傍にある大切な“幸せ”】

【別れの値段】36

第36話【どうして人は別れるのか】



通り抜ける風。恐ろしく冷たい風。
でもどこかで知っている“懐かしい”だ。
そういえば、季節は違うのだけれど、懐かしい風の事を思い出した。
僕が、小学校にあがったときの話だ。

歳の離れている兄の使っていたランドセルを使いなさいと母に言われ、それがただ嫌で、必死で泣いたのを今もまだ覚えている。ちっちゃいころの思い出。

「拓也、お兄ちゃんのじゃ駄目? お兄ちゃん綺麗に6年間使ったのに……」

確かに今思うと大した事じゃないんだけれど、僕はただみんなと違うのが嫌だった。
6年間背負ったベルトはひび割れている。いくらそういう綻びは、綺麗に戻せるんだよと説得されてもただただ、僕はそれが、嫌だったんだ。

大声を上げて親父が帰ってきてから泣いたこと。大きな手でポンポンと頭を撫でて父が言った言葉。

「大丈夫だ。新しいの買ってやる。安心しろ、拓也」

涙がそのままうれし涙に変わり、時にして近寄りたくも無いほど、怖い親父がカッコいいヒーローのように思えた。子供ながらに持ちかけられた駆け引きにも気がつくことはない。

「パパったら……でも、これから使うことになる、ひきだしとか書道の道具はお兄ちゃんの使うのよ?」
「はーい」

母に言われたその駆け引きは、対した事無いように思えた。
普通の子供だろう? どこにでもいるような単純な子供だった。
背負った新品のピカピカのランドセルはとても重くて、なんかとてもかっこよかった。

やがて、小学2年になった。友達も作れるようになった。
まだランドセルは綺麗だ。そんなときのこと。
学校にさ、一人くらいいるだろう? ランドセルの色が微妙に違う女の子。
赤くない……朱色のような。でも周りが赤いと不協和になって、それがイジメになるんだ。
1年生のときは、黄色いカバーをランドセルにつけられる為そこまで違いは感じなかった。
2年にあがると、その黄色いカバーやぶれたり、通学路にも慣れる為、外される事が多々ある。そのなかピンクのランドセルはすごく目立った。

子供にとっちゃ、ほんの些細なことなんだよ……。
無口な子がただ、一方的に責められたり。ほんの些細な違いが、如実にわかる年齢なんだ。
今の時代、そこまで無いだろう。むしろ、一人だけ違うほうがカッコいいのかもしれない。
そう言える子供は強い。でも……。

――お前の母ちゃんいないんだってな!! 
――馬鹿にすんなっ! 

そうやって言い返せる子が一番傷ついていたりする。
ランドセルが一人だけ違う色なだけで、ひとりになっているその子を僕はずっと見ていた。

「おい、加賀谷! お前のランドセル、ピンクでエロくねぇ?」
「……」
「なんで色違うんだよ~。へんなのー。そういうの痴女っていうんだぜ~」
「……」

黙り込んでその言葉に一言もしゃべらずに歩き出す。
覚えたての悪口を誰かに対して言いたくなる気持ちわからなくもない。
それが悪口だって事さえなんとなくわかっていれば、たとえ使い方が間違っていても心が傷つくんだ。そういうことに女の子ってのは男よりも敏感で……。でも言い返すのはもっとイケナイ事だって知ってる。
だから、その場から逃げるしかない。
だが、その頃の僕は、そこまで考えてない。目の前で虐められている子がいた。いや、性格にはその子が虐められているという事すら理解していなかった。
僕は、思った。

――あぁ……ランドセルが新しいもので良かった

そうやって周囲の作る“違い”の大波から避けれたことに、ホッと感じた。
だんだん、目に付くようになる。内心、気にしていたのだろうか……いや違う。
彼女のピンク色のランドセルだけがチラチラ目に映り気になっただけだ。
徐々にいじめって言うのは、広がってエスカレートしていく。
同姓の女の子ですら近寄らなくなって、孤立する。
ざわめく教室に一個のピンク色のランドセル。

「赤くしてやったぜ! ぎゃはは」

ランドセルに雑に塗られた赤いチョーク。同室でのその光景を僕はそれを見ているだけだった。
周りの子と一緒にそれを、笑いもせず、ただそのランドセルを無言のまま見つめる、その少女を僕は見ていた。
さすがに、先生にそれはバレた。でも、注意したところで、イジメはそういうことじゃなくならない。
今は多くある、こども相談室も無い頃の話。すごく淡白な時代。

その日の帰り道。材木工場の裏の空き地、そこに木材がおおく並ぶところがありアスレチックみたいになっているところがあった。もちろん入ったらいけない場所なのだが、その積み重ねられた何千枚もの材木の上に座っている彼女を僕は見た。子供達にとってはバレなければ基地である。しかし、その上に堂々と彼女は座る。
彼女は、ランドセルに書かれたラクガキを丁寧にハンカチで拭いていた。
いくらチョークとは言っても薄く残る。僕は、なんか、その涙一つ流さない彼女がすごく凛々しく思えた。
薄く残ったラクガキの後を見つめて、彼女は言った。

「ごめんね……」

僕は、彼女の言葉を始めて知った。
僕は彼女にひと言、言いたくなってその材木を上る。
乾いた材木にかけられたブルーシートがパタパタなって、その材木の上は、これから来る夏の温かい風をまぜて気持ちが良かった。小学生には比較的高い場所だ。

「おい! なんで! お前いじめられてんだよ!」
「……っ!」

突然に僕が話しかけたもので、彼女はきょとんと僕を見つめた。

「だから、なんで、言い返さないんだよ!! あんなことされて嫌じゃないのかよ!」
「……」

ぶっきらぼうに言う僕を彼女はじっと見ているだけだった。

「そうやって、黙ってるから、いじめられるんだぞ!!」
「……」
「ランドセルくらい買ってもらえよ!」
「……」

そう。この一方的な真っ直ぐ過ぎる言葉が、思えば、僕とその子……“加賀谷いずみ”との始まり。

独特のすっぱい木材の香りがだんだんと空気に交じり合う。
そんな中で彼女は、言葉を発した。

「このランドセル……もらったの。とっても大事なの……」

大事そうにぎゅっと抱え込むように彼女は言った。

「なんだよ! いじめられてもいいのかよ!」
「うん」
「ずっと言われるぞ?」
「……ぅん」
「……お前、バカ?」
「……そかも……」
「し、しらねぇかんな! 俺」
「いいよ……大丈夫」

イライラする。イライラする。イライラする。
ほんとにほんとにほんとにイライラした。

「もうしらねぇ!! じゃあな!」
「……ばぃばぃ」

駆け下りた木材。けして僕はヒーローにはなれない……。
本当に嫌なことはちゃんと言わないと駄目なんだ!
思い切り振りかぶった足で蹴り飛ばすように道端の小石を僕は蹴ってそれを追わなかった。

次の日、また次の日。2週間くらい変わらない悪戯の虐め行為は続いて、一向に変わらない教室。
見てみぬふりでいる子。いじめっ子が怖くて言えない空気。
それを嬉しそうに楽しむいじめっ子達。
でも、その子供の考える“この程度なら”の思いつきで取り返しが付かないことが事態が起こった。

先生が、教卓に持ってきたのはボロボロになったランドセルだった。
昼休みにグラウンドに転がっていたのだという。きっと地面に引きづったりしたのだろう。
多くの傷と砂が交じり合った色で、子供ながらにその状態は見るほど悲惨だった。
いじめっ子が言うに、そこまで傷だらけになるとは思わなかったと言う。
使えなくは無い状態ではある。ある程度拭かれたそれはある程度は綺麗だ。でもあの鮮やかに目立つピンクでは無くなっていた。
……先生にげんこつをくらい叱られ泣く主犯の男子。
それを見て、やるせないきもちに教室のみんながとうとうなった……。

きっと僕だけだっただろう。
怖がりうつむく教室の生徒の中で、きっとその時僕だけが……彼女の顔をじっと気にして見つめていた……。

――なんで……なんで……泣かないんだ
――だから、言ったのに……

彼女は、涙をこらえて、必死で耐えた。

「大丈夫です……」

そう言って、彼女はランドセルを大事そうに抱えて席に着いた。
先生に叱られたこともあったが、それ以上に、僕はすごくいたたまれない気持ちになった。

――そういえば、あいつ……大事って言ってた気がするな……

その日の帰り道で。
ふと見上げたあの材木の上。その場所にまたあの子は佇んでいた。
僕は、そのまま彼女に駆け寄った。
冷たい風だ。もうすぐ夏なのに恐ろしく冷たい風。
そして僕は、彼女に謝った。

「ごめん……」
「なんで……柚木君が、あやまるの?」
「いや、なんか……ごめん……」

彼女は泣いた。
大きく泣いた。すごくすごく嫌だったよー!って泣いた。
そして、それを聞いて僕も泣いた……。
傷ついたランドセルにこぼれた涙が流れたそのラインだけが綺麗なピンクになるように、大粒の涙が零れ落ちた。
僕のランドセルが、なんかその場所では、ぼくのランドセルだけがピカピカですごく嫌だった。

これは、僕の思い出だ。
それから、彼女。加賀谷いずみとの幼馴染の付き合いが始まる。

いずみは、言うなら僕にとって空気のような女だ。
そこにあって当たり前のように自然で、そしてなんでも話せる大事な友人。


そして、店のドアがいきおい良く開く。
一気に入れ替わる店の温度。吹き入る風。
ガランガランと響く声。

「拓也!!」
「え!?」

聞き覚えがある男の呼び声に僕は振り向くと、そこには血相を変えて店に飛び込む母がいて、店の前には黒いタクシーが一台駐車場に雪轍をつくり留まる。
母にはここでアルバイトをしていることは話したけれど……。

――あぁ……そっか。携帯電話、家に忘れて来たんだった……

「なにしてるの!? 拓也! 早くタクシーに乗りなさい!」
「え? どしたんだよ」
「いずみちゃんが! はやくとにかく乗って!」


なにもわからぬまま、心配そうに見つめている千佳を背にタクシーに乗り込む。
車内で聞かされた事。震えるように母は僕に告げた。

「いずみちゃんが……事故にあったのよ」

その瞬間、僕が真っ先に思い浮かんだのは……想像してしまったのは……。
『別れ』の二文字だった。



つづく⇒第37話【それは傍にある大切な“空気”】

本人に代わり

事情により、結麻月は、しばらく停滞していますが、産休となりましたので今後投稿をせずに主婦業に専念し、創作活動は、独自にしていくそうです。
加えて、音琴君も、このサイトを卒業しピクシブと、ミクシィのみでの活動にするとのこと。
作品は、あるほどのものは残しますので、ぜひまた見てあげてください。

お二人を応援していただいた皆様、またふと戻ってくるかも知れませんが、ぜひ個々に引き続き応援いただけたらとおもいます。

主として、小織のみのサイトとなります。たのしみにしてもらっている方々には、大変おもしろくないサイトとなるかもしれませんが、こちらもまた引き続き見守っていただけたらとおもいます。
僕も、詩など挑戦していこうかなって思います。

サイト名は変更しません。リンクを貼っていただいている方々には気ままゆえの迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
小織でした。

✬❀ランキング参加中❀✬

メールフォーム

プロフィール

カテゴリ

最新コメント

見にきてくれた人の数

リンク

最新記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。