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【別れの値段】33

第33話【届きますように】



届きますようにと祈って送るのは、一度手を離れてしまうからだろう。
あの日、たしかに見た事。あの日、たしかに聞いた言葉。
それを私は消して忘れる事はない。たとえ、誰もそれを覚えていないとしても……。

たまたまディアールという雑誌に載っていた広告に小さくこの店の事が書かれていて、無意識にすがるような気持ちでこの店に来たのだ。私は、これからどうしたらいいのか。
一人でどれだけ考えただろう。考えて、考えまくって、考え疲れて、気がついたら慰めてくれる人すら傍には居ない事に気がついて、誰かの優しさに触れたくなって、どうしてもどうしても怖くなって、私はこの店に来たのだ。

別れを売る……そんなことができるのか。
本当に別れていいものなのか。
はたして、何と別れたいのか、明確でないままに……目指した。
一言どこかで、私が大事なことを運命線上でそれを逃さなければ、この店に来ることはなかったのではないだろうか。いつも辛い時に泣けないんだ。
誰かが、一緒に泣いてくれる。そういう人がいないと私は泣く事すらできない。


-----------------------------


葉桜の話が終わる。
窓を透ける景色がただ白い。
葉桜の乗ってきた自転車も見える限り凍えてその場で静かに耐え、待っているようだ。
大粒に変わった雪、伝わるように冷え艶めく床。落ちないのは涙。
僕は、少しあの頃と変わったのかもしれない。あの頃の僕だったら、きっとこんな葉桜を見ていられなくて、泣き、自分の携帯ですぐにでもあのバカな先輩にこの事実を強引に伝えるだろう。
きっと、そんなことしたらまた誰か余計に傷つくのだろうか、そんなことを今は考えてしまうのだ。
あの頃の自分を思い出すように、哀れむように、僕はそんな葉桜を見つめていた。

「葉桜……」
「え?」

突然呼び捨てにされたことに驚いたのか、葉桜は僕を見た。

「ふぅー」

深いふかい、深呼吸のあと僕は葉桜に言った。

「すごいよな、葉桜は」
「……?」
「頑張ったんだな、葉桜は」
「……ぁ!」

うつむくように僕は手に持っている携帯を見つめた。
そう。葉桜もまたその景色を重ね思い出したのだろう。
中学のたったワンシーン。たいしたことなく揺れて過ぎた一場面。
葉桜の頭をよぎったのは、うつむくように嬉しそうに笑いながらチョコを受け取る親友の姿。
驚いたかのように立ち上がる。

「えっ!? うそ! ゆ、柚木君?」
「ぁぁ」

驚きは、懐かしさに、そして嬉しさに。

「わわ! びっくりしたー。元気だった?」
「ぁぁ……ひさしぶり」

正体をあかそうと思ったのではない。印象付けた癖は、容姿が変わっても失うものではないのだ。
それだけの話。いまさら、あの頃僕も好きだったんだという必要は無い。すでに憧れに遠退いた感情だ。
くわえて、実は、恋を応援していた一人であると名乗る必要ももはや無いのだ。
だって……“いまさら”だろう? 
いまさらの恋。それも一つの恋だろう?
いまさらの恋がこの世の中にどれだけ存在するか、それを一つ一つ明かして何になるというのだ。
惨め過ぎてそんなことできるわけない。それが普通のこと。

「嬉しいよ、また葉桜に逢えて」
「……」

僕だと思いもせずに、過去を話したこと。それを思い出して彼女は黙って顔を赤らめた。
だが、僕は数多くの友人の一人でしかない。葉桜は僕が葉桜のことを好きだったということ自体しらないのだ。
でも大丈夫。僕はそれを含めてあの頃を素敵な思い出だと感じている。
純粋に、いま、また再会できたことを懐かしいと思っている。
葉桜とそれからすこしだけ雑談をした。今何してるのかとか、なんでこの店にアルバイトしているのかとか、懐かしいなと笑って笑いあった。

「でも、ほんと変わらないね」
「葉桜も、ぜんぜん変わってねぇよ」
「あはは、そかな」

お互い大人になった。変わったのだろう。
それでも、変わらないと言われると嬉しい。
少なからず覚えていてくれているからこその出てくる言葉だからだ。
3杯目にお茶を汲みなおして空気を戻すように話を切り出した。
切り出したのは僕だ。

「葉桜……8年思い続けていた人がいるってさ、すげぇよ」
「……そかな?」
「ああ。すごくカッコいいよ」
「そう言ってくれる人がいるだけで、うれしっ」

嬉しそうに笑う。ほんとは悲しいのに笑うんだこいつは。
ほんとにそういうところがあの頃のままに思えた。

「柚木君は、すごくかっこよくなったね」
「そ、そうか?」
「きっといまでもモテるんだろうなぁ。くすくす」
「モテたことなんかねぇから」
「中学の頃は人気あったじゃん。告白もたくさんされたってきいたよ?」
「だれがっ!?」

実際一度もそんな事実は無い。告白をされたことはだれかのでっちあげだろう。

「まあ、そんなことはどうでもいいんだって!」
「そだね」

互いにお茶を飲んで、話を進める。
僕は、この店の店員として、この携帯を買い取るのだ。

「……結論から、言うとこの携帯」
「はい」
「本当なら買い取りたくない」
「……ぅん」

さすがに浮かない表情でうつむく葉桜。

「でも、それは俺だけの思うところであって、何度も言うようにこの携帯がいままでの葉桜の別れたくても別れることができない気持ちそのもので、そしてそれはとっても素敵な価値があるのだとおもう」
「……」
「この店はさ、本来なにかしてあげる。心を救ってあげる。そういう店じゃないんだ」
「……」

黙って僕の言葉を聞く葉桜。

「この携帯、いくらでなら、葉桜は売ってもいいとおもうんだい?」
「……」
「5000円でどう? 2万円でどう? 50万円ならどう?」
「……」
「前に別れた彼がつけた日記を売りに来た人が2万円を受け取って言ったんだ。“助かっちゃったわ”って……」
「……」
「俺はその時、その2万円がすごい安っぽいものに思った。たった2万円で喜ぶんだなって」
「……」
「大金だろ? 2万円って」
「……」
「俺はさ、きっとあのときそれがいくらだったら本当の意味で救えたのだろうって考えたりした」
「……」

わかってる。葉桜のこの気持ちが、ほかの人と比べるようなものではないこと。
でも聞いてほしい。……きっとすごく大切なこと。この店の本質。

「たとえば、1円だったら売らなかったんだろうか。20万円ならどうだっただろうか」
「……」
「たくさん俺なりに考えたけど、答えは出なかった」
「……」
「なあ、葉桜……一個だけ教えてほしいんだ」
「……」
「お前の大事な思い出、本当に売っていいのか?」
「……ぁ」

葉桜の重く閉ざした口は、動こうとしたが閉じる。
うつむいた葉桜はすごく苦しそうだった。息をすることすら忘れたかのように重く動かない。
やっぱり売りませんと言ったら、逆戻りか。
売りますと言ったら、いくらでならいいのだろう。
1円でも価値がついたらあたかもすべて私のものでは無くなってしまうかのように葉桜は感じた。
存在はなくならないのに。1円でもいいから決別したくてこの店に来たはずなのに、根本から葉桜は考え揺れた。
思いつきで来るような場所ではない。後悔もしているのだろう。
伝わってくる。何度もまわるあの忘れがたき青春。触れた優しさ。

「……葉桜」
「……」
「伝わらなくてよかった恋と、伝えたい恋がある。時間という波に浚われて遠く遠く二つ離れ離れになって、どっちか一つだけ追いかける力があるとき、伝えたい恋を追いかけると、それはどんどん勢いを増して離れてく。次第に追いかけるうちに戻れなくなるんだ。やがて見失って行き場を無くすべきじゃない。伝えたい恋を伝わらなくて良かった恋にするべきじゃない」
「……」
「なあ、葉桜……後一歩だよ。ちゃんと伝えて終わりにしよう……伝える手段はあるんだろう? “いまさらの恋”だとしてもお金より価値があるとそう思わないか?」
「……」

葉桜は、黙って新しい携帯をバック取り出す。
そして、机にある携帯電話を携帯の写メールで写すとそれを僕に見せた。

「これ送る……送るよ! 柚木君、みてて」
「うん……がんばれ。見てるから」

頑張るのが下手なのに、いつも人より頑張るんだ。
いつも見てたよ。知ってるから、8年のことは多くは知らないけれど、誰よりも想い続けて頑張ってきたこと。
わかるから。もうちょっとだ。もうちょっとだけ頑張れ。
葉桜は打つ。一文字づつ丁寧に。
作るのは、最初で最後のメール。
ぽちぽちと時間をかけて一通に8年分の思い。
添付写真に一台の携帯電話。届けたい本人のもとへ。

――金城様へ
――覚えていますk……

-----------------------------

[本文]
葉桜です。8年ぶりですね。
面影は遠く馳せてあの頃の景色はセピアに輝いています。
8年間あなたを想い、伝えれなかった気持ちが写真の携帯電話にまだ詰まっている事実を、理解してほしくて。
最初で最後のメールをします。
送り先を求め彷徨ったメールの数は1000件を越え、履歴として残る300件だけが今も残ります。
そんな中、残酷に届いたエアメールの内容は、許せるものではありませんでしたが、ようやく気持ちを伝えることができることが嬉しいです。この遅れなかった1000件を先輩が大事にしてくれることはできますか?
気持ちだけでも会いたい……。あの頃の優しい先輩に会ってさようならと言いたい。
いまさら伝える意味は無いのかも知れません。それでも伝えたかった。
これが、私の恋だから。あなたにだけ“伝えたい恋”だから。
絶対に必ず幸せになってください。
この携帯に新しい300件を連ねる恋を私はこれからすると約束します。
だから……あなたの元に届いてくれますか、わたしの大事なこの気持ち。
先輩のことが……ずっと。
あの頃から、ずっと好
[メールで送れる文字要領を越えました]

-----------------------------

葉桜はメールの限界文字数を越えようとはせずに、そこで文を終えた。
そしてそれを確かめるように、間違いがないように確認し、
僕の見る前で、葉桜は送信ボタンを押した。
続く2通目はつくらない。作った文を消して文字調整すらすることは無い。
そう。それが最初で最後の送る宛のあるメールだから。

そして、崩れ去るように葉桜は僕の胸で上着を掴み、何かに耐えるように……泣いた。

「ありがとう……柚木くん」
「届きますように……」

想い……願う中でやっと泣いた葉桜の涙はあの頃と変わらず綺麗だろう。




第34話:第4章最終話へ【雪凪げ】
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Comment

fateさんへ

熱いwうれしすぎるコメントだ。見たのが遅すぎて逆に凹みました。
うわぁ。うれしい・・・。
こんな形になってないような物語で、感動してくれたのが嬉しいです。

1章恋愛
2章家族愛
3章慈愛
4章純愛ですからね;

5章は、最終章にします。
ちょっとほんとに、別れの数ほどこの物語続くのできり無いので、最後にしないと終わらないという(笑)
番外編は作るかもですが、次で最後にします^^
ぜひ書きあげるので読んでやってください。

2012.03.13 (Tue) | 小織 悠 #- | URL | 編集

牡蠣さんへ

返信遅れましたー(汗
ぜんぜん仕事の都合でインしなかったっす;

嬉しい感想ありがとうございますー。
そですね^^悪人出してないですねww
ほっこり系の話にしたいというか、ハッピーエンドにならないのにハッピーエンドになる別れがやっぱ書きたくて、こんな物語になっちゃってます。

2012.03.13 (Tue) | 小織 悠 #- | URL | 編集

伝えることを選んだのか。

意外なのか、やっぱり、と感じたのかもはやfate自身分からないけど、結果として、それが決別の方法だったんだろうと納得しました。
いや、単に、良かった…と思いました。

柚木くん、口調がいきなり戻りましたね。
なんとなく笑いました。

8年間の想い。
重い記憶が、瞬間、ふわっと軽くなった感触でした。
彼に再会出来たこと。想いを吐き出せたこと。それが進むきっかけになったことがものすごく意味のあることで。
いや、先輩とのあの現場を共有していた彼に再会して、その想いの結末を見届けてもらえたことが、葉桜さんにとって、意味のあることだったんだろうと思えました。

運命、みたいに。

思い出って、重い。
でも、それはこうやって魔法のように質量を軽くして、キラキラした部分だけを留めておける方法が実はあるんだってことがすべての救いのような気がします。

2012.03.01 (Thu) | fate #- | URL | 編集

ご無沙汰してました。柚木くん、優しいなぁ…。悪人が出てこないので、いつも安心して読めるといいますか、癒されます(^-^)

2012.02.29 (Wed) | 牡蠣ひろみ #- | URL | 編集

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