スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【別れの値段】最終話

第43話【心から湧き出た涙のいずみ】




心が、これからどうすればいいのだろうと、行き場を探しまわる。
いずみの部屋に入ったのは小学校の卒業式以来の事となる。
僕に、諸田さんが後ろから近づき話しかけた。

「不思議だろう? まるで、居なくなることがわかっていたように綺麗なんだ……」

シンセサイザーの上に置かれたランドセルが二つ。
いつのまにか無くなっていたあのランドセル。
そういえば、小学校の卒業式にいずみが捨てるなら頂戴といって僕のをそのまま持っていったんだった。

「はは、思ったより綺麗だったんだな……ランドセルって」

もっとボロボロだと思っていた。
荒く使い込んだランドセルは、あの頃の傷を今もまだ綺麗に残している。
となりには、並んでとった写真。写真の僕はめんどくさそうな顔をして下を向いている。
写真の中のいずみは、僕よりも身長がすこし高くて、嬉しそうにカメラをまっすぐ見つめて僕の手を握っていた。
いずみは、日記をつけるような女ではない。といっては失礼か……。
あまり手紙を書くような女ではないのだ。大事にいろんなものを取っておくようなタイプでもない。
そのためか、やたらといずみの部屋には物が少なかった。このあたりは、子供の頃と変わらない。
文芸で使う本や毛糸、ミシンなどが綺麗に部屋の隅に置かれていて、机はたためるタイプのもので脚を折って窓の下に。クローゼットには、洋服や化粧箱。まったく、可愛げのないシンプルな部屋だ。
そのため、ひどくランドセルと、写真立が目立ってしまう。

後ろで洋服を箱にまとめなおしていた諸田さんが声をあげた。

「ん? なんだこれ」

諸田さんが取り出したのは、クッキーとかが良く入っているような四角い缶。
あけてみると、写真だらけの中に、3枚の手紙が含まれていた。
手紙の封筒の宛名は、僕宛だった。僕は諸田さんからそれを受け取り読んだ。

『拓也へ……』

いまだかつていずみから、手紙をもらった事はない。メモ書きや交換ノートなどをしたことはあるが、丁寧に宛先を書いた文書など受け取った事はないのだ。

『拓也へ。心をこめて作ってみました』

……。一通目に描かれていた文字はそれだけだった。
二通目の手紙を開く。

『去年は、チロルチョコでごめんね……今年は頑張って作ってみたの。葉桜さんのよりきっと美味しいよ』

……。二通目の内容で想像できた。
これは、きっと僕に渡すことができなかった気持ちだ。
2通目を優しく折りなおし、最後の手紙の封をあける。

『……言えない気持ちを文章にしかできない私は臆病です。でも、怖いの。拓也に彼女ができるたびに苦しくて、だから、こうして手紙にいやな気持ちを書いてしまうことを許してください。』

3通目は、いずみの心そのものだった。

『……私は、拓也のことが好きみたいです。ずっと……好きだったみたいです。拓也のお嫁さんになりたいって思っています。私は、顔が可愛くなくて人見知りで、地味で足も短くて……何一つとして拓也に吊り合っている部分がないの。子供ができても可愛くない遺伝子が受け継がれるかもしれません……でもやっぱり、どうしても離れたくないの』

手紙の文字が歪んで乾いたように収縮している。涙のあとだろうか。

『……たとえ、拓也が遠くに行ってしまっても』

――離れていったのは……お前じゃないか……

『たとえ、世界が滅んでも、私は拓也のことが好きだよ』

――返事が……いずみのもとに返事を届けたい

僕は心のそこから湧き出る涙を流した。いずみが死んで……やっと流せた涙。
それはいずみの死を悲しむ気持ちも含んだ、遅すぎた悔し涙。
ゼロ距離のものが一瞬で跡形も無くなったことがやっと自分で実感してわかった。
手紙を震えるように握り締め、えずくように泣く。
流れた涙が地を這いずりまわる。
どうか許してくれないか。だれか助けてくれないか……。
彼女を不幸にしたまま逝かせた僕をだれか責めてくれないか……。

千佳さん……おふくろ……葉桜……先輩……。
おやじ……あにき……諸田さん……。

「諸田さん……俺だけだった……俺だけしかいずみを幸せにしてあげることができなかった……」

諸田さんが、僕の頭を大事そうにその腕で包み込んだ。

「ありがとな……泣いてくれてありがとう」

つられるように諸田さんも泣いていた。
本当にこの悲しみは幾日かが過ぎたときに静まるのだろうか。
今は、ただ泣く事が許される場所でいずみの事を想っていたい……。


------------------------


最終話【別れの値段】



僕が、あの店を再度訪れたのは、あの日からだいぶ、日が経ってからの事。
まだいずみが死んだ事を引きずっている。
千佳は、電話で、その事をわかってくれて、“無理しないでいいから”と言ってくれた。
かといって放置し続けるほど僕も廃れていない。
いずみの事があって、千佳に対する覚醒し始めていたはずの猛烈な恋がやんわりと息を潜めた。

僕が、こういう気持ちのときに、だれかに対して優しくしたくなるのは、きっと優しくされたからだろう。
あのときの癒しが、結びつくように僕に求め言う。
人は辛いときに心を開放する場所を探す生き物だと。

カランカラン。
店のドアが開く。あけたのは僕。鼻で小さくため息を吐いて静かに入店する。
そこは、安らかな場所。

辛い気持ち、嫌な気持ち、幸せな気持ち、哀しい気持ちの形ずく場所。

「おかえり、拓也君」
「ただいま……千佳さん」

僕にとって安らげる場所。人に優しくできる場所。

「大丈夫? 拓也君」
「はい。おかげさまで」
「そう……無理しないでね」
「あの……千佳さん」
「ん? どうしたの?」
「あの……この店に僕より辛い別れをした人はここにいつかやってくるかな?」

黙ったまま千佳は、いつものようにミルクの多いコーヒーを入れ、それを机において、椅子を引く。

「座って。拓也君……」

僕は、ひかれた椅子に座りコーヒーのふちをなぞるように視線を千佳へ。
あの時、初めてこの店にきた時とは違う。気持ちの誤作動が不安定にその異常を警告する。
千佳には、電話で幼馴染が事故にあって傷心しているのでバイトを休むとしか伝えていなかったのに。
千佳は目が会うとすべてをわかっているかのように優しく微笑み、言った。

「きっと、拓也君が感じた別れは、だれのものよりも悲しいよ……」
「……」
「同じで……みんなも、私の辛さもだれのものよりも大きい……」
「はい……」

――あなたの別れの思い出の品に“値段”をつけます。

今の僕の価値観はきっと、前よりも深い。
誰と比べるものではないことをきっと心の中で理解しているつもりでも共感できるか不安だ。
それでも、ここに別れを売りに来る人は不思議と絶えない。

「もし、拓也君のその別れに納得がいく値段を自分でつけることができて……」
「……」
「……拓也君がその辛さを少しだけでも忘れることができたら、デート……しよっ」

小さい子を慰めるように千佳は言う。それが僕にはかき集めたくなるほどの優しいの欠片だった。
僕は、ふふっと笑い千佳に言う。

「今の俺、冗談で聞き流せないですよ? そういうの」
「うん……いつか一緒に」
「あー!!! 辛い! 重い! 心って重いよ、千佳さん」
「ふふ……今日はずっと聞いてあげる。話してくれますか? その“心”の思い出を……」

そのあとの事だが、珍しく千佳は僕がいなかった期間を指して“寂しかった”とぽつり言葉にした。
それから、僕は大学を卒業して就職をする。たった3ヶ月の事。
就職してからも、さまざまな人と出会い、様々な恋や話を聞く。
休日に、暇をとって続けている不思議なお店のアルバイトは、僕にとって大事な心との出会いの場所。

別れの値段をつけることができない僕は、辛さを忘れるために辛さを求める。

開放される悲しみを他人に求めるのは到底無理であり、卑怯かもしれない。

でもさ世の中さ……辛い事があるとだれでもいいからわかって欲しくなるだろう。

だれでもいいから、一緒に泣いて欲しかったり。

うんうん。ってそばで頷いて聞いてくれる人がいるだけで救われたりさ。

すごくすごく別れは誰かを求めていて……けして離れる事はない。

心に残った一番大切な想い

あなたがとても辛い気持ちになったとき……もしもこんなお店が近くにあったのなら。

あなたは何からの“救い”を求めにいくのでしょうか……。

伝えたいのはどうにもならなくなった希望。叶わない夢。自分の価値観と天秤。

どうする事もできないと分かち合うのは人の作り出した美しい言葉。

価値の無い過去はない。

あなたがどれだけそれを大事に自分で保っていられるか……それだけなのかもしれない。

あるんだ。形は違うけれどみんなにも。

お金よりも大事なもの……自分にもそれがある事……実感できる場所……。

それを僕は……もう少し探してみるつもりだ。

−−あなたの大切な思い出を、大事なお金にしませんか?

カランカラン。
『ここはあなたの別れを買うお店です。』

Price parting……



<完>

スポンサーサイト

✬❀ランキング参加中❀✬

メールフォーム

プロフィール

カテゴリ

最新コメント

見にきてくれた人の数

リンク

最新記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。