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【別れの値段】24 −番外編①



第24話【別れの値段】“片思いサンセット” 作:小織 悠




 初恋の思い出は儚い。
 大切にしたい時間がある事がとても幸せだったと感じたのは、別れを感じるからだ。
 ある学校帰りの夕暮れ。
 一人の勇敢な男が、好きな女を一緒に帰ろうと誘うシーン。

「あのっ、葉桜! 途中まで一緒に帰らないか?」

 目的が一緒だったのは、きっと僕が彼女を知ろうとしていて、帰る時間を知っていたからだ。
 彼女は、僕の中学生活最初で最後の初恋相手。

「柚木君? 急にどうしたの?」

 葉桜ゆかりは、モテる様なタイプではない。どちらかと言えばとても地味な子である。
 例えるなら、いきなり魚を分け与えられたとして、魚をもらえたことを素直に喜ぶ様な女だ。
 例えるなら、明らかに彼女が悪くない場面で、真っ先にごめんなさいと切り出すような……罪な子だ。

「よかったら、途中まで一緒に帰らないかな?」

 こんなに全力で女子を積極的に誘ったのは初めてだ。
 今の時代、これだけの事をしたら好きだとわかってしまうものだろう。

「えっと、柚木君の家って同じ方向だったっけ?」
「え? ……うん。だから一緒に……どうかなって思って」

 葉桜の家が駅一つ分学校から離れているとしたら、僕の家は逆に一つ分離れて居るといっていい。

「そっか。じゃあ一緒に帰る?」

 彼女は優しい。純粋に僕の言葉をそのままに受け取ってくれる。
 僕、“柚木拓也”は、同じクラスメイトの“葉桜ゆかり”を恋慕っている。
 これはよくある話だ。手探りで探した恋の過ちというやつで、残されるべき実感は無い。
 きっと僕は明日、クラスの友達にこの事実をはやし囃し立てられるだろう。
 そう。これは表向きには罰ゲームだった。

−−じゃあ、お前が負けたらさ、片思いの葉桜さんを誘って一緒に帰るってことで。いいな?
−−負けねぇから、それでいいぜ

 得意教科のテストで見事に完敗した僕は、無謀な阿呆だ。
 しかし、今思えば、なんだかこういうのは卑怯だったなって気がする。
 彼女の優しさに甘えた僕の気持ちが、世間に嘘をついて、勇気を出せない自分が綺麗に本心を隠した。
 大切なものを見失ったまま、嬉しいけど少し寂しいような気持ちで遊歩道を歩いた。
 一緒に歩いて、明日の宿題の話をして……部活の話をして……担任の話をして、ただ別れた。

「それじゃ、ばいばい、また明日ね」
「うん。また明日……」

 手を振る彼女は可愛い。
 家に帰るまで3倍以上の時間がかかったが、文字どおり、嬉し過ぎた時間だった。
 次の日にクラスメイトから想像していたように騒がれたが、その小さく騒がれる教室の隅の嵐の恥ずかしさを一人で悶えて、堪えて、葉桜の視線だけを気にした。

「なぁ、マジで二人で帰れたのかよ?」
「……ぉう」
「すげー! 好きじゃないやつと一緒に帰んないだろ! 告っちゃえよ」
「バカいうなよっ」

 脈があるんじゃないかとか言われる。
 もう一度誘えとかチャンスがあるとか言われる。
 第三者の目は意外と正しい。
 しかし、不思議と二人で一緒に帰ったその噂はクラス中には広がらなかった。きっと僕が勘違いした理由は一緒に帰れたからではない。あの葉桜の笑顔が僕にだけの笑顔だと思ってしまったからだ。
 もう一度一緒に帰ることができるんじゃないかとドキドキしながら、放課後一人で教室に居る僕。
 彼女の入っている文芸部の帰る時間まで、時間を潰してみた。どうやって時間を潰しただろう。覚えてはいない。でも彼女の事だけを考えてた。教室にあるカチカチ響くデカい時計が秒針も無くやけにゆっくり音を刻み、一緒に帰れる30分の為に2時間近くも待つ楽しさを感じて嬉しく夕暮れを迎えた。
 結ぼうとする恋愛の奇跡は重なるものだ。求めると通じるものだ。
 教室の扉が開き、葉桜の声がする。

「あれ? なにしてるの? 柚木君。一人?」

 突然の二人きりの時間に窓から差し込むオレンジの光と風が気持ちよく吹いた。

「葉桜こそ、ど、どう、どうしたんだよ?」
「ちょっと忘れ物取りにきたの」

 彼女は自分の机に入っていたノートを一冊じぶんの鞄に入れた。
 スポットライトが優しい彼女をもっと可愛く特別なものに変える。
 ああ……やっぱり僕は彼女が好きなんだなって思いながら見つめる。

「じゃあね、柚木君」
「ああ……またな、葉桜」

 待っていた事がすごく恥ずかしくなったわけじゃない。満足したわけでもないよ。
 この程度の男ってことさ。
 僕はその日、葉桜を誘えなくて……くやしい気持ちのまま、夕日が姿を消した頃に一人で家に帰った。
 好きだと自覚して、少しは可能性があると感じている部分があるのに一歩を自分の足で歩けない。
 僕は、とんでもないチキン野郎だったみたいだ。
 それから数日のあいだ、彼女の事を目だけで追うばかりになった。
 追うばかりになってとんでもない気持ちの波に流されることがあって、どうしようもない気持ちに溢れ、敵わないなって思ったとき、とうとう僕は告白しようと決めた。
 それは、衣替えが終わって厚いコートを羽織るようになった中学2年の秋。
 修学旅行を終えて、部活の無い水曜日の放課後。
 そもそも中学生の恋だ。告白は人目につかない校舎の裏でするのが鉄則。
 だが本来、今彼女の前には僕がいるはずなのに、彼女の前には違う男がいた。

「や、やっぱ俺帰るよ」
「静かにしろよ、聞こえないだろ」

 状況は、なおもひどい。葉桜が違うクラスの男から告白される現場を、なぜか今日発見するという事態。
 帰ると言いつつも、その様子を僕は見てしまっている現実。これは人生最悪の状況。
 
「ずっと前から好きでした!」
「ありがとう……でもごめんなさい」

 葉桜は、その男を拒否した。不運なその男を余所に僕はその状況に一瞬ほっとしたのだが、次の葉桜の言葉に僕もどうしたらいいかわからなくなった。

「わたしね、好きな“先輩”がいるの。だからごめんなさい」

 僕は、その日その場に居合わせてしまった事を心の底から後悔した。
 クラスメイトの友人の慰めの言葉など価値もない。僕の初恋はみごとに散ったのだ。 
 あとあと、葉桜の片思いの先輩が、同じ文芸部の先輩だと知った。
 文芸部の教室を少し覗くと、幸せそうにその先輩と葉桜は会話をして、文庫本を渡しあったり本当に幸せそうな笑顔だった。文学賞受賞、小説部門優秀賞、容姿◎、運動神経、身長……スーパーマンだ。
 言うまでもなく、進路も決めれない僕なんかとは世界の違いすぎる人。
 告白をあきらめた秋が過ぎる。やがて2月が過ぎ、3年生は、もう部活の無い水曜日しか登校しないまさに終業が近い時期である。
 僕は、葉桜の事をまだ諦めてられていない。
 告白しないと結局のところ駄目なのだろう。そういうものなのだろう。
 くじけるのなら告白するべきだとおもって、僕はその日文芸部の部屋に行く決心をした。
 文芸部員は、実は2年生は葉桜しかいなくて、今まで、3年生の部員数で成り立っていたところがある。
 来年は、廃部となるだろう。
 案の定行った文芸部に人影は無い。葉桜もまだ部室に来ていないようだ。
 少し待とうと、部室の本を適当に取り、椅子に座る。
 興味の無い活字の本だ。
 すると突然、部室のドアが勢いよく開く。

「あれ? だれだ、お前」

 不運というか、まあちょっと考えればわからなくもない。
 部活にきたのは、葉桜が好きだというその先輩。金城和臣先輩。スーパーマンだ。
 あわてて、僕は言う。

「あ、ちょっと僕、は、葉桜に用事があって……」

 睨みきかせていた先輩だったが、優しく笑う。

「そうか。じゃあ、本でも読んでゆっくりしてたらきっとそのうち来るとおもうよ」

 すると先輩は、椅子をひき向かい側の椅子に座った。おもった以上に近距離だ。

「3年生って……部活でるんすか?」
「ああ、俺? 今日葉桜くんに呼び出されたんだよ。大事な話があるってさ」

 やっちまった2乗×死にたい5乗。 
 計算式において今の僕の心は数桁では収まらない。 
 葉桜は、きっと今日告白するつもりなのだ。

「あ、じゃあ、俺居ちゃ駄目だとおもうんで帰ります……」

 席を立つ僕。すると金城先輩は、俺に言った。

「君は、もしかして葉桜くんが好きなのか?」 

 ぴたりと動きを止められた俺の脳は硬直する。
 なんだかイライラする。

「なんで、そんなこと聞くんすか?」
「わかりやすくて良いな」
「悪いっすけど、先輩にはいいたくないです」

 見透かされることがこれほど嫌いだっただろうか。
 先輩の目は笑っていない。

「居ろよ。大丈夫だから」
「なにが……大丈夫なんですか?」
 
 ガラガラ。ほんとに教室のドアは良くできている。空気を読むというか丁寧に音を響かせる。
 立ったままその光景にびっくりしている葉桜がいた。


「あ、あれ? 柚木君もいる……どうしたの?」

 すると、金城先輩は葉桜を座らせた。
 座った位置は、僕の二人隣。バランスのとれた位置。
 こんなに気まずい瞬間はない。今すぐにでも居なくなりたい気持ちだった。
 そんな中、金城先輩が言った。

「葉桜くん。そういえば大事な話があるって話だったけれど」
「あ、えっと……」

 ちらちらと葉桜は僕を見る。
 わかるよ……葉桜。言えるわけ無いってことだろう。
 天然でこんなことするのなら僕は、いますぐこの先輩をぶっとばしてやりたいよ。

「二人とも怖い顔するなよ。実はさ、俺も葉桜くんに大事な話があったんだ」


 金城先輩は、そう言うとライトノベル的な物語を持って話を続けた。

「この本は、いい話だ。とても心が温まる共感しやすい本だ。主人公は旅をして世界中をめぐり見たことの無い世界をあるき、成長していく話でね」

 黙って聞いていた僕だったが、さすがに居づらくなり再び席を立つ。
 途端に金城先輩に制服のすそを持たれ座りなおさせられる。

「逃げるなよ。居てくれ」

 葉桜もそれを心配そうにみていた。逃げるんじゃない。いるべきじゃないんだ。 
 この先輩が何を言い出すのかそれが怖い。

「先輩……?」
「ああ、悪いね、葉桜くん」
「いえ……」
 
 葉桜は、あんたに告白しにきたんだよ。代弁していってやりたい状況だ。
 しかし、そのイライラが次の瞬間ぷつんと切れた。

「俺はね、卒業したら海外に行く」
「え……」
「今まで楽しかった。可愛い後輩ができて、悔しくも後輩部員は葉桜一人だったが毎日の部活が楽しかったよ。感謝してる」
「せ、先輩?」

 葉桜が声をあげた。 

「海外って、いつまでですか?」

 金城先輩はそのまま言葉だけを残そうとする。

「俺はね、世界中をまわりたいんだ。きっかけは親父の海外出張だったが、母親に反対もされたけど、ついて行こうと決めた。卒業式を終えたら、日本とは、さようならだよ……」 
「そう……ですか……」

 葉桜は、髪の毛の影に瞳を隠して俯いた。
 本当にその日。その金城先輩のその話を聞いて、僕と葉桜は夕日に解けるように言葉を失い。
 目的を失い。3人は、またねの言葉で、その教室を後にした。
 次の日学校を休んだ葉桜は、登校を始めてからも元気がなかった。
 そのまま日がたち、卒業式がやってくる。
 卒業式で告白する子は多い。最後のチャンスだからだ。
 どちらか泣いて笑って様々な意味で別れの卒業式を迎えるのだ。
 葉桜は、もちろん泣く側の人間だ。告白することもできずに別れを惜しむのみ。
 目をまっ赤にして卒業式に先輩に襟花を添えた。
 式典が終わり、文芸部の部室で、一人崩れ去るように葉桜は泣いたが、僕はそれに声をかけれなくて、ただその前の廊下を横切るように過ぎて、校舎前で数多くの卒業生を見送った。
 
 そんな俺を、あの金城先輩は見つけて声をかけた。
 軽い応援団のような気持ちでそう言ったんだろう。でも俺は……。

「頑張れよ。お前は近くにいるんだから……葉桜くんを、任せたから……」

 教室ってのは居る人。居る時間帯。居る状況でどんどん色を変えるだろう。
 眩しい白だったり、淡い蒼だったり、暗く錆びたり、鮮やかな緋色だったりするだろう。
 わかるんだ。ここから見える文芸部の部屋は蛍光灯の明かりもついていないけれど、きっと今、葉桜はその部室で一人。今も泣いているんだ。

――葉桜……葉桜……がんばれ。葉桜、俺も頑張るからさ

 好きすぎて、怖くて、自分が卑怯だと思えるくらいに自己嫌悪にかられて、告白させてもらえなかった自分の好きな女を見ていられなくて、辛い。何らかの神様に、葉桜を助けて欲しいと祈るのみだ。
 ちっぽけだろう。ちっぽけだよな。
 それでも僕は、どうしたってここままじゃだめな事くらいわかる。
 僕の前から立ち去ろうとする金城先輩を僕は引きとめる。 
 
「待てよ、金城先輩」
「……」
「葉桜は、あんたのことが好きなんだよ」
「ああ。知っている」
「答え出さずにいくのかよ」

 校舎にかかる影がゆっくりと下がる。
 まっすぐ見つめた先に敵わない男が一人。 

「葉桜が、どんな気持ちで先輩を呼んだかわかってんのかよ」
「知ってるさ、だからあの日君をあの場に居させたんだ。傷つけたくなくて」

 次の瞬間僕が先輩の襟を掴み、怒りを込めたのは、殴るためじゃない。

「ふざけるなよ。事情はどうあれ、あんたは葉桜に好きという言葉すら出させずに……もっとも卑怯な方法で葉桜を泣かせたんだ!」
「泣くのがわかっているからそうしたんだ!」

 そう言って先輩は、僕の手を襟から無理矢理に離す。
 襟を正しながら先輩は僕に言った。

「告白は為って成就するんだ! いなくなってしまう俺には彼女に告白される資格すらないんだよ」

 卒業式に卒業する先輩を殴るなんてのは、気が狂っている。
 そう。俺は気が狂って我慢できなくて金城先輩を思いっきり殴ったんだ。

「卑怯者!! あんたは最低だ! ……知ってるんだろ。今文芸部の部室で葉桜はあんたをおもって泣いてるんだよ! 何が任せただよ……」
「……」
「俺じゃ……駄目なんすよ……頼みますよ。行ってっやって……くれませんか……最後は傍にいてやってください……お願いします」

 
 しぜんと涙がこぼれた。
 金城先輩は、赤く腫れた頬をさすりながら、やることを思い出したかのように文芸部部室に向かった。
 僕は、葉桜の事が好きで、どうしようもないくらい好きで……。
 でも、告白できない辛さは誰よりもわかる。

「葉桜……葉桜……がんばれ。葉桜、俺も頑張るから」

 卒業式に肌寒く残る。
 見つめる文芸部の窓は橙色のサンセットで染まり、殴った右手の震えも忘れるほどに、片思いのまま流れた涙の味は苦い物に感じた。



続く→25話へ
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