Posted: 2011.10.17 (Mon) by 小織 悠 in 別れの値段:14話
第14話【父親】 この人の話を、僕は聞いて心が締め付けられるような父親の優しさを感じた。
なんだろう。さっきまで感じたこの人への恐怖は空っぽになってしまったくらいに、印象が変わった。
良い父親に見えた。
すまねぇすまねぇと言いながら涙ぐむ目を隠す。涙が、ほんと似合わないひとだなぁと思う。
そのあと一気に麦茶を飲み干しヤクザの組長は言った。
「頼む。一方的に話したが、そういうわけだ。この人形を買ってやってくれ」
「……」
僕は言葉をなくしウサギ人形を持った。
ウサギの人形は外の冷たさを持っていて話が終わった今でもまだ少し冷ややかだった。
「今日……結婚式なんすか……もう始まった頃ですか?」
僕は数ある時計のなかでそれらしく、時間を刻むものを見つめながら聞く。
それが、すぐに今の時間だとは思わなかったが、もう始まっているのだろうなと感じた。
「今頃、絵里は幸せだろう」
「組長……」
そして、組長は、深く深く、しみじみと鼻をすすりながら言う。
「なんでだろうなぁ……なんで……親父の俺が幸せを祝ってやれねぇんだろうなぁ……結婚式いきてぇなぁ…」
この言葉を聞いて、すべて勝る愛情ってものを感じた。
この父親に滲み出る辛さを共感し、ふぅと出る息そのものに震えを感じた。
なんとかしてあげたい気持ちになる。
こんな気持ちになるのは僕だけじゃないはずだ。
隣で泣き崩れるように言葉を閉じて絶えるこの人も。外で寒さを感じながら心配そうに長を待つ人たちも……ただ話を聴いただけの僕でさえ、この人にも何か一つでも幸せであってほしいと純粋に願うのだ。
心が苦しいって言うのは考えても考えて言葉がでないとき……本当に誰かの幸せを嘘偽りなく本心から願って行動して、それでもきっと心が寂しくて……震える。
「この……ウサギの人形は、ものすごい価値があります……でも」
考えて出た言葉ではない。この人の辛さをわかってあげれるような人生を僕は歩んではいない。
この立派な人を諭し慰める言葉なんか僕には見つかるはずも無い。
でも、思うんだ。
なんでこの人形は今、ここにあるのだろうと。
なぜ、娘さんはこの人形を置いていき。また、捨てなかったのだろうと。
すごく不思議で、それが置いていった娘の気持ちそのものな様な気がして、ほんとうにほんとうに不思議なんだけれど、綺麗にたち並ぶ買ったばかりの人形や色鮮やかなかわいい人形よりも遥かに。
美しくかがやいて見えた。
「組長さん……この人形は、買ってあげられそうにないです」
「な、なんだと」
そう言うと組長は戸惑った顔をした。
「だってわからないんです……なんで娘さんは、この人形大事にとっておいたんですかね……」
ぽつりと言った僕の言葉に組長は耐えていた涙をとうとうこぼした。
「俺……わかんないっすけど」
「……ぅぅう」
「娘さん、お父さんとほんとは別れたくないんですよ……きっと」
どうしようもない両親への子供の愛情があることをこの人はわかっている。
わかっているからここに居るのだ。それを断ち切るために。
「式は、どこですか?」
僕がそう聞くと、隣に座っていた人が答えてくれた。
「駅前の蕗科グランドホテルで、今、きっと式の真っ最中かと」
「……」
良くこんなおせっかいをできるものだと自分でも思う。相手はヤクザで、一生関わりたくない人間の一種で。
でもこの気持ちのまま、この人形の本来の持ち主の思い出を聞いていない状態で値段をつけることはけしてできない。
「近いっすね……いってきます。俺」
「は!?」
「聞きに行きましょう! 二人も! 早くっ!」
ほんとだったらここまで気持ちに耐えたのだから、組長もふざけるな! とこの僕の行動に、罵声の一つでもあげるものだろう。
しかし、突然の僕の勢いにおされたのか
それとも言葉を話さないはずのウサギの人形に諭されたのか
組長は、黙って俺の後ろを歩く。
僕は店の鍵を閉めるのも忘れて、15分かけて車も使わずに駅前のグランドホテルまで歩いた。
左手に人形をもち、派手なスーツの男と顔の怖すぎるヤクザの組長と3人。ホテルの入り口の前。
まさか、ヤクザの組長が私服の男に連れられて、歩いてくるとはだれも思わないのか。
入り口は、すんなり入ることができた。
小さい案内看板が置かれていて、披露宴が行われている最中。場所は3階。
綺麗な装飾やパネルに色づいたハートの形はまさに幸せそうな空間を醸し出している。
チャペルで行われた誓いの言葉は聞けずとも披露宴は、今執り行われているようだ。
震えるような厚いドアの向こうで宴が開かれている。ざわつく中に新婦側の親戚はいない。
まさに勇気を決して、僕が、入り口のドアに手をかけた瞬間だ。
「……やっぱり、やめてくれ」
「え?」
開きかけたドアをもう一度閉じる僕。中の音楽もざわつきも止まる。
「素直に君についてきたが、やっぱりここは俺の入る場所じゃない」
「なんで……このウサギを渡すだけでもいいじゃないですか」
「やめてやってくれ……ここまで来れただけで俺は嬉しい。歩きながらにも考えた。このドア一枚の厚みが、やっぱり、どう考えてもあの娘には必要なんだよ。だから……やめてくれ」
組長は、僕の手をそっと引いた。
そのままにホテルの入り口に戻る。
僕はさっきまでの熱い勢いを失って、ただ組長の背中を見つめた。
背負ったものが見えるように、それはすごく大きく広く感じて、立派な父親の寂しそうな背中に思えた。
ホテルの入り口で、深呼吸をして組長は僕に言った。
「ありがとな、兄ちゃん。ここまで連れて来てくれてありがとう。少しだが気持ちが楽になった」
深々と組長は僕に頭を下げた。
何もできなかったというのはこういうことだ。
僕はひどく無力だ。
「そうだ。一つ兄ちゃんに、頼みがあるんだが……」
「はい」
「俺はあのドアを結局開けることはできなかったが……身勝手だが、一目だけでも……この篤朗にあの娘のウェディング姿を見せてやってくれないか」
そういって、篤朗さんと僕を残して組長はホテルの入り口から迎えに来た重々しい車へ乗り込む。
何も言えずに車を見送る僕の手は悔しいくらいの力がこめられていた。
それから、僕はこの篤朗というひとと再び3階へとあがる。
だめもとで、正直にホテルマンに話すと少し見るだけならと、条件付で受け入れてくれた。
座る席無く、許可も得ていないので隅に隠れて遠い距離から照明の影に潜み僕と篤朗さんは披露宴を立って見た。
すごく綺麗な人だった。加藤さんという新郎と仲良さそうに幸せそうに宴が行われていた。
ヤクザや旧家、門下、暴力団、そういう台詞、何一つとでてこない違和感を感じるのは、僕と篤朗さんだけ。
一方的な新郎の披露宴をみているようだ。
――残念ながら都合のため、新婦側の親戚はおりませんが、こうして幸せな二人の披露宴を行えることを皆々様へ、感謝いたします。これからも、夫婦一丸となり、頑張っていきますので、私たちを応援よろしくお願いいたします
見ていておもう。
この人は……今どういう気持ちで、この結婚式を挙げているのだろう。
ほんの少しでも、父親の事を考えている部分があるのだろうか。
出席の無い新婦の横の空白の一席を見つめながら、短い披露宴は終わった。
僕たちは、言葉も無く。
手に持っていたウサギの人形が、あのパパを大好きな娘のもとへ戻ることをただ信じて。
新郎新婦への贈りもののカゴへ人形を入れて会場を後にした。
「幸せなんですかね。娘さん」
「そう願うしかないだろう……組長はあったけぇ人だから、ぜってぇ幸せになってもらわねぇと」
「ええ……」
「だが、お前のおかげで、何か変わるような気もした。行動が起こせたからな。また、お前のとこに挨拶に行くよ」
篤朗さんは僕にそういうとあの組長の姿と同じように、深々と何もできなかった僕に頭をさげた。
続く:第15話【なにもできなかった答えは】
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ゆき様へ>
ハッピーエンドにしようか迷った結果、伏線を張りました。
これで終わりじゃないですよ^^
なかなかいい話になるかは不明ですが、楽しみにしててください。
続き。
牡蠣様へ>
期待を壊してすみません。
でも、まだこれで終わりではないですっ^^
またぜひ読んで下さいっ♪
2011.10.23 (Sun) | 小織 悠 #wVIA9fBs | URL | 編集